初恋~叶わぬ思い~10
結局誰が源氏物語を送ってきたのか分からなかった。
この飛香舎に巻物を届けてくれた女房は案外簡単に見つかった。
昔からこの後宮に仕えているもの。
ただ彼女が忙しいと言うのに知り合いの女房から頼まれてしぶしぶ
届けてくれたみたい。
その知り合いの女房にもこの巻物の贈り主を聞いて見たら
彼女も同じく知り合いの女房に頼まれた。
そんなことが繰り返されただけで結局贈り主まで突き止める事が出来なかったの。
あまり気分はよくなかったけど
何もあれから起きないし、あたしも忘れようと思っていたの。
でもある日、またもや贈り主が分からない巻物が
今度は1本あたし宛に届けられたの。
今度はあたしに直接目を通すようにとは言付けられなかったから
あたしは安心していたの。
若い女房達は大喜びでその巻物に描かれている物語に夢中になっていたわ。
かなり面白いようで話の内容を少しづつ教えてくれるの。
簡単にいうと若い公達が美しい女と出会う。
初恋だと感じるけど身元も分からずずっと何年も思い続け
恋が結ばれる恋愛物語みたい。
切ないみたいで皆悲しそうな顔で読んでいたのよ。
そうしたら女房達が急に「きゃあ~」と少し言ったの。
「どうかしたの?」
「いいえ、女御さま、驚かせてしまい申し訳ございません。
何もないんですけどこの巻物の中に桜の花びらが
数枚入っていたので声をあげてしまったのですわ。」
「桜の花はもう散ってしまったのにどうしたのかしらねえ~」
「あら、でも桜の花のシ-ンだったから風流でいいですわ。」
そんな話をし始めた女房達にあたしは何かを感じたの。
確かに今は桜の花はこの後宮では全て散ってしまっているわ。
でも・・・・・確かあの桜の木だけは後宮の中でもひと際大きく
鷹男が言っていた。
後宮の中でも一番古く一番初めに桜の花を咲かせ、散るのも一番遅いと。
別に巻物の中に桜の花が入っているから不審に思ったわけじゃない。
でも初めての手掛かり。手掛かりじゃなくても、それでもいい。
真実を突き止めるため、
あたしは女御になってから初めてあの桜の木の元に向かったのよ。
久しぶりに桜の木を見上げた。
まだ満開の桜の花が咲き誇り美しく存在していた。
ここではいろいろなことがあった。
あたしはその桜の木の下で物思いにふけていたの。
しばらくして後ろから誰かに抱き締められたのよ。
あたしは香の匂いが鷹男の好む侍従だったから。
すぐに腕をぎゅっと抱き締めてしばらく二人で桜の花を見ていたの。
そうしたら後ろからあたしに向かって鷹男が接吻をした、その時
「嫌!」
あたしは後ろにいるであろう人物を思わず突き飛ばしてしまったのよ。
だって接吻がいつもと感触が違ったのだから。
突き飛ばしたであろう人物はあたしの力が弱かったからか
大して痛くなかったみたいでけろっとしていた。
そしてあたしは衝撃で声も上げれなかったの。
だって鷹男だと思っていた人物は東宮宗義だったのだから。
「ふふふ、痛いではありませんか瑠璃姫?」
「一体どう言うつもりよ!どうしてあたしに口付けだなんて」
「さあ~どうしてでしょうか?あなたにはそれも分からないのでしょうね。
あなたは父上しか見ていないのですから・・・・・」
「何なの?何がしたいの?どうして抱き締めたの?」
その問いには東宮様は答えてくれなかった。変わりに変な事を言い出したの。
「そういえば瑠璃姫、あなたに贈った物語はいかがでしたか?」
「物語って・・・まさか東宮様があたしに贈ったと言うの?」
「瑠璃姫、東宮ではなく宗義と以前のように言ってください・・・・・・・
そしてあの巻物は全て私があなた宛にお送りしたものですよ。
気に入ってくださいましたか?それも源氏物語の巻物を」
「何なの?源氏物語のあの巻をわざわざあたしに贈るなんて
意味が分からないわ。」
「何故分からないのです?あの物語はあなたと同じではありませんか?」
「なんですって!どういうことよ!宗義あんたあたしを怒らせたいの!
あたしのお腹の中の御子さまは帝の子じゃないとでもいうわけ?」
「ええ~そうですよ。あなたがきづいていないだけです。」
「そんな訳がないじゃない!あたしは宗義に抱かれたことなんて
一度だってないわ!!!」
「とても悲しいですよ。
あなたは私を求めてくださったと言うのに覚えていないのですね。
あの雷の酷かった夜を」
「雷って・・・・」
急に意味不明なことを言いだした宗義。意味が分からない。
あたしが宗義に体を許した事なんてないと言うのに
どうしてあんなに自身満々なの。
あたしは宗義が言った雷の夜のことを思いだしたの。
あの雷の夜はあたしは実はしっかり覚えてないの。
あたし自身雷が恐い女ではない。
でもあの時は女房達が怖がり、かなり悲鳴を上げていたわ。
あたしを心配してくれた小萩は初めあたしを守るようについてくれていたの。
あの日はたまたま鷹男が藤壺に来れないと言っていたからこそ
女房達で固まっていたんだけど
あまりの五月蝿さに小萩が怒っちゃって
あたしは仕方がないから一人で休むと伝えて
小萩には他の女房達についてあげるように指示を出したの。
そうしてあたしは一人で床についたんだけど
急に鷹男が現れてまあいつものように愛されたのよ。
それがどうしたって言うの
「瑠璃姫、その晩本当に父上と夜を過ごしたのですか?」
「は???何を言っているの」
「よ~く考えてください。あの時本当に父上でしたか?」
あまりにもとんでもないことを言ってくる宗義。
だんだん不安にもなってくる。確かあの日風も強かったし明りも薄暗かった。
鷹男の顔は見たはずよ。でも声は聞いたかしら?
そういえば何故かあの日は声を聞かなかったような。
「瑠璃姫、私は父上と顔がよく似ているとそう言われていますよ。
そしてあの日声を聞かれましたか?」
「何を言っているの?あの日は絶対にあなたの父上だったわよ!」
「何故そう言いきれるのです。では言いましょうか。
あの日あなたを抱いたのは私ですよ瑠璃姫」
「え!!!!!!!」
あたしは衝撃に声も出ないほど驚きすぎてしまったのよ