藤壺後宮物語6
今女房の間では噂になっている僧がいる。
あたしは、今その方のことで頭がいっぱいだった。
だってあの人は…
「小萩、最近特に思うんだけど、内の女房達が凄い噂してない?」
「噂と申しあげますと、なんのことでしょうか?」
「なんか素敵な殿方がいるって言いながら、女房達が見に行っちゃったんだけど」
「まあ、それは本当でございますか?なんていうこと。女御様をほおっておいて、噂の君を見に行くだなんてなんて恐れ多い。私、若い女房達を注意しに行ってきますわね。」
「ちょっと小萩、あたしは気にならないから別にいいよ。」
「まあ、瑠璃様!そういう訳には参りません。」
「いいから小萩、それより噂になっている方はどなたなの?」
「藤壺の女御様であらせられる方が他の殿方をきになさるおつもりですか?」
「あはは、そういうわけではないけど、でも、そんなに噂がたつなら気になるじゃないの。小萩おしえてくれる?」
「分かりましたわ。噂の的になっている方は唯恵殿と申される律師です。」
「えっ?僧なの?そんなお方なのに、なんで噂が立つの?」
「唯恵殿は年が若く、男性にしては御姿がお美しいのです。凄みがあり、女房達の間では冴え氷る君などと呼び合って、唯恵殿が参内なさるといつも大騒ぎになるのですよ。」
「へえ~そうなの。小萩も案外その唯恵というものを気に入ってるのね。ふふっ」
「まあ、瑠璃様・・・そんなことは」
「小萩でもきになるの?」
「どういう意味でございますか?瑠璃様!」
「怒らないでよ、小萩、冗談だから。ふふっ、でもそんな美僧なら一度見てみたいものだわ。」
「およしくださいませ、女御様なのですからそんな恐れ多いことを言わないでくださいまし。」
「ねぇお願い小萩!少しだけ格子の前を通ってもらうだけでいいから、ね!」
「いけません、そんなことできるわけ無いではありませんか?」
「そしたら女房の姿で見に行くならいいよね。」
「駄目です。」
「ねぇ〜小萩〜もういい!勝手に見に行くから」
「る、る、瑠璃様、お待ち下さい。わかりました、勝手に行かれるよりはマシというもの。仕方ないですね、少し見てきますわ。」
「ありがとう、小萩!」
女御の立場であるあたしが噂の君を軽々しく見に行くだなんてありえない話でしょうね。自分から行くだなんて身分が低い女じゃあるまいし、御簾からでるなんて恥ずかしくてできないでしょう。女御のバックには政治的背景があるから軽軽しいことは出きないのにわかちゃいるけれど素敵な殿方がいたら見たくなる気持ち分かるでしょう。何も期待してないからこそ気分も軽いしね。
こんな鬱々した後宮での生きがいなんて、美しいものや美しい人を眺める。それしか楽しみがない。何が楽しくて後宮の堅苦しい催しに参加しないとならないの?あんなの足の引っ張り合いじゃない。今は帝から離れているから何もされてないけど
いつされるかわからないじゃない。でもあたしは目立ちたくないのよ、この後宮では。
「瑠璃様絶対大人しくしていてくださいね。声をだしたり、覗かないでくださいましよ。」
「分かってるって、小萩。何回も聞いたわよ。」
結局律師であろうが理由もなく後宮に入ることはできない、だから藤壺の前を通ることもできないの。
今噂の君は登華殿で今上帝となにかお話をなさってるようで帰りは丁度ここを通る予定。
その為あたしは通り道に隠れてるんだ。
美僧かあ〜、噂になるほどだから少し楽しみだわ。
「瑠璃様、もうそろそろここを通られる様子でございますわ。」
あたしと小萩は隠れて噂の君が通りすぎるのを待っていた。
噂の君が通り過ぎるとき、急に声がしたの。
「あのっ」
「はい」
「これを・・・」
御簾越しの前でどこかの女房が扇で顔を隠しながら唯恵に文を渡していたの。
凄い勇気だわ。女房とはいえ、人前で文を渡すだなんて・・・
と思いながら、実は私はそれよりも気になったことがあった。
それは唯恵の声。
床下で聞いた声に似ている。
そして文を受けたとき、手が見えたんだけど猫の引っ掻き傷が見えたような気がした。
まさか、あの男が!
「瑠璃様、ほんと唯恵殿は噂通り美しく、冴え氷る君の異名を持つお方ですわね。」
「・・・・・・」
「瑠璃様?」
「はっ、ごめん小萩、噂通りの美僧だったわね。」
「ではすぐに藤壺に戻りましょう。瑠璃様の身代わりがいるとはいえ、女御様が不在だとばれたらどうなることになりましょう。」
「そうね・・・」
あたしは先程のことがきになって仕方がなかった。
もう一度あたしは唯恵と会わなくては・・・
けれど、唯恵とあたしの接点なんてない。
どうしよう・・・
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